平成21年度

第25回 卒業証書授与式


平成22年2月27日(土)


式辞
 厳しかった冬の寒さも和らぎ、木々の芽もふくらみをまして、春の訪れを感じるよい季節となりました。
 本日、ここに、愛知県立日進西高等学校の第25回卒業証書授与式を挙行するにあたり、御多用のところ愛知県議会議員 波形昌宏様、日進市議会議長 福安克彦様を始め、地元中学校の校長先生方、本校歴代PTA会長様など多数のご来賓の方々、そして保護者の皆様方の御臨席を賜り、卒業生の新たな門出を祝福していただきますことは、誠に光栄と存じ、厚く御礼申しあげます。
 とりわけ保護者の皆様には、ご労苦が実り、ここに立派に成長されましたお子様が晴れの門出の日を迎えられましたことを心からお祝い申しあげます。
 さて、先程、266名の、第25回生の皆さんに卒業証書を授与いたしました。皆さんの努力が実を結び、卒業の栄誉を得られたことを祝福したいと思います。
 3年前に入学式で皆さんを迎えてから、日進西高校での毎日が始まりました。皆さんは、のびのびと自由な中にも規律を重んじる校風を受け継ぎ、この自然に恵まれた学舎で、よき師とよく友に恵まれ、日々の授業や部活動、そして文化祭、体育大会、遠足、修学旅行、球技大会などの学校行事に意欲的に取り組んできました。また希望する進路をめざしての補習、夏休みや冬休みの学習会などにも進んで参加して努力を重ねてきました。
 皆さんは先生方や保護者の期待に応えて努力を重ね、たくましく、また心豊かな人間に成長してくれました。しかし、この晴れやかな卒業の日を、皆さんが無事迎えられたのは、ご両親をはじめ多くの方々のご協力、ご支援のおかげであります。そのことを肝に銘じてほしいと思います。
 さて、現在、カナダのバンクーバーで冬季のオリンピックが開催され、毎日報道される日本人選手の活躍が多くの人に感動を与えています。昨日は地元の浅田真央選手が銀メダルに輝きました。そうしたすばらしい活躍をした一人に女子モーグルの種目でオリンピックに四回連続出場し、今回四位に入賞した上村愛子選手がいます。決勝後に「なんで一段一段なんだろう」と悔し涙を流したと伝えられています。
 兵庫県に生まれた上村選手は、生まれてまもなく心臓に障害のあることがわかります。小学生になるまで手術ができないという診断でした。彼女が二歳のときに両親は空気のきれいな長野県への転居を決意します。三歳でスキーを始め、その後成長につれ心臓は自然に直っていったそうです。しかし、小学校高学年からいじめにあい、皮肉なことにスキーの上達に比例するようにひどくなったといいます。
 中学生になってもいじめはなくならず、親は悩んでいた彼女を二年生の冬休みにカナダのバンクーバーへ一人旅に送り出しました。そこで彼女はモーグルの試合を初めて観戦してモーグルの魅力にとりつかれたそうです。
 高校三年生になって初めて出場した長野オリンピックで七位に入賞して注目されます。その後十二年開にわたり冬季オリンピックに出場して一つずつ順位を上げてきました。
 今回のバンクーバーの一つっ一前のトリノオリンピックのあと、彼女は練習でスピードと正確なターン技術を追求してカービングターンという技術を身につけます。このカービングターンはこぶを回らず、こぶの上を直線的にスキーを滑らせてスピードにのる技術です。この新しい滑りによって、その後のワールドカップ、世界選手権でみごとに優勝します。
 しかし、少しだけこの技術を確立するのが早すぎたのかもしれません。ライバルたちは彼女の滑りを撮影するなどして研究し、今回のバンクーバーオリンピックで彼女を上回る滑りをしてきたとも言われています。つまり彼女が女子モーグルのレベル自ら上げていたわけです。
 彼女の流した涙は悔しさのほか、応援してくれた家族をはじめとして多くの人に申し訳ないという気持ちもあったと思いますが、間違いなく日本人が誇っていい選手ですし、私たちに一段一段、一歩一歩努力することの大切さを教えてくれています。
 卒業生の皆さんは今日からそれぞれの道に進んでいきます。どうか、上村選手と同じように、一段一段しっかりと歩んで行ってください。才能とは、努力する力をもっていることであると言われています。
 皆さんが旅立っていく道は、平坦な道ばかりではありません。日本は経済不況からまだ立ち直れずにいます。この不安定な時代だからこそ、耐えるべき時は耐えつつ、本校の卒業生であることを誇りとし、それぞれの夢の実現を目指して努力を重ねるとともに、また、他人へのおもいやりを欠かさない、心豊かな人生を送ってくれることを念じています。
 終わりに臨み、第二十五回卒業生、二百六十六名の新たな門出を重ねて祝福するとともに、本日御臨席くださいました御来賓並びに保護者の皆様方のますますの御健勝と御多幸をお祈りいたしまして、式辞といたします。

平成二十二年二月二十七日
愛知県立日進西高等学校長 安田 英和